ドイツ帝国への反感(著)秋田人変身力会議 事務局長 永井 健

 9月下旬にアメリカ司法省がドイツ銀行に住宅ローン担保証券の不正販売に絡んで、日本円にして約1兆4千億円の制裁金を課すとの報道から同行の株価が急落した。その後制裁金が約5千4百億円に減額されるようだとの報道があって株価が持ち直したが、この影響を受け世界の株式市場は乱高下した。

 しかし、住宅ローン担保証券(いわゆるサブプライムローン証券)の販売は、2008年以前(いわゆるリーマンショック)に行ったものであり、8年以上も経過した時点での制裁金の発動には強い違和感を持った。

 たまたま、10月上旬に東ドイツ、チェコ、オーストリア、ハンガリーの中欧を旅行する予定があったことと、上記ドイツ銀行への制裁金の真相を探るためもあってフランスの高名な人類学者エマニュエル・トッド著「ドイツ帝国が世界を破滅させる」を読んだので、イギリスの離脱や難民問題で揺れるEUの実情を含めて拙文を寄稿することにした。

 著者のトッドは1976年にソ連の乳児死亡率の上昇からソ連邦の崩壊を予測して有名になった歴史人口学者でもあるが、最近のロシアはプーチンが支配してから乳児死亡率が著しく低下しているので、ソ連システム崩壊による激しい動揺と、90年代のエリツィン統治を経て、再生の真最中であることを示していると分析している。

 著者のヨーロッパの現状分析は、EUの成立、ユーロの導入でドイツが一人勝ちする「ドイツ帝国」が誕生し、特に為替という調整システムを失ったユーロ圏では、ドイツが旧ソ連の支配圏であった東欧に住む良質で安価な労働力を活用して部品を調達するシステムを確立し、ユーロ圏との貿易で最大の黒字を計上してヨーロッパを支配しているとの認識である。

 トッドによるとドイツ帝国の勢力図は、ドイツ圏としてオーストリア、チェコ、スイス、スロベニア、クロアチア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグの8ヵ国、自主的隷属国としてフランス、衛星国としてスウェーデン、エストニア、ラトビア、ポーランドの4ヵ国、事実上の支配国としてフィンランド、デンマーク、スロバキア、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャ、キプロス、イタリア、アイルランド、ポルトガル、スペインの11ヵ国を挙げており、さらに旧ユーゴ諸国やアルバニア、旧ソ連のウクライナ、グルジアにも触手を伸ばしていると分析している。

 特にウクライナは人口45百万の人口大国であることから、労働力人口の減少に悩むドイツにとっては魅力的な国であり、ウクライナ紛争は事実上ドイツとロシアの代理戦争であると著者は見ている。

ちなみに今回訪問したドイツの人口は80百万人、チェコ、オーストリア、ハンガリーは10百万人前後なので、ウクライナの人口の多さが注目される。

 このようなドイツの勢力圏拡大に対してアメリカは快く思っていないので、冒頭のドイツ銀行叩きが起こったのではないかと考えられる。ドイツ銀行は財政及び貿易赤字に悩むヨーロッパ各国に多額の融資をしており、勢力圏拡大の先兵になっているからである。

 また、国内経済が好調で労働力が慢性的に不足しているドイツは、EU最大の課題である人の移動の自由については現状維持を主張し、難民の受入にも積極的である。しかし、イギリスは移動の自由への不満からEUを離脱し、ポーランド、ハンガリーは難民の受入を拒否する姿勢を強めてドイツと対立している。

 著者はドイツ帝国の成立で崩壊の危機を迎えているEUを救うは、祖国フランスであるとしているが、前大統領サルコジも現大統領オランドもフランス金融資本の言い成りになっているので、その役割を担っていないと厳しく批判している。

 著者のEUを維持するための政策として①ヨーロッパの保護主義的再編成について、ドイツを相手にタフな交渉を開始する②主要銀行を国有化する③政府債務のデフォルトを準備することを提案している。

 しかし、①についてはユーロを残したままの保護施策は関税ということになりEUの理念に反すること②についてはヨーロッパ中央銀行(ECB)への挑戦でありユーロの崩壊を招く恐れがあること③についてはインフレを招来し国家の存亡に関わり、当事国の国債を所有する民間銀行の破綻に繋がる等現実的な政策とは考えられない。

 ということでドイツ帝国の成立でEUは崩壊の危機を迎えているので、EUの維持さらには世界平和のためにもドイツには自制心を持った賢明な施策を求め続けることが結論ということになるが、東アジアでも中華帝国が成立しており、我が国もドイツを他山の石としアメリカ等と連携した賢明な施策が求められている。

(秋田人変身力会議 事務局長 永井 健)