第70回変身力研究会/新春講演会報告/世界経済と我が国経済の動向

 2月12日に秋田ビューホテルで日本銀行秋田支店長の 村國 聡 様を講師にお迎えして、「世界経済と我が国経済の動向」をテーマに第70回変身力研究会・新春講演会を開催しました。以下はその講演要旨です

 

  1. はじめに

  今日はお集まり頂きまして有難うございます。先ほど会長から新型コロナウィルスの影響の話もとのリクエストを頂きましたが、新型コロナウィルスの影響については、未だハードデータが集まっていませんので、私どもの方に個別に入ってきている情報について、ご紹介出来ればと思っております。

  本日は、最初に世界経済の状況について、中国経済の状況も含めてお話ししたうえで、日本経済の状況や先行きのリスクについてお話し致します。

Ⅱ. 世界経済の概況

世界経済は、2018年から米中貿易摩擦やブレグジット等を巡る不確実性が高まっていましたが、ここにきて米中通商交渉が進展し、部分合意に至る中で、製造業PMIに改善の兆しが出てきているほか、輸出受注PMIも改善しています。今後、新型コロナウィルスの影響が長引かなければ、世界貿易量も少しずつ改善の方向に向かっていくと考えられます。

 世界経済の成長率は、IMFによる2019年の実績見通しは2.9%です。確かに世界経済の先行きを巡る不確実性から2018年の3.5%を超える成長から減速しているのは事実ですが、過去のリーマンショック時との比較でみれば、それほどひどい状況ではありません。また、新型コロナウィルスの影響を織り込んでいない本年1月時点の見通しではありますが、2020年の見通しについては3.3%の回復に向かうと予測しています。

  米中間の貿易摩擦を振り返ると、直近のピークでは20%程度の平均関税を互いに掛けていました。米国は第4弾として、12月にスマートフォン、ノートパソコン、ゲーム機等の関税を引き上げるとしていましたが、中国と部分合意に至り、発動を見送っています。今回の合意により平均関税率は10%台後半まで低下する見通しで、一旦休戦状態といえるかと思います。

今回の合意の背景ですが、中国側から高い報復関税を賦課された状況が長引けば、トランプ大統領の支持者が多い州の農家や、同じく支持者が多いラストベルトと呼ばれる州にある中西部の製造業の雇用者により大きな負担を強いることになるといった見方があり、こうした点を考慮して合意を急いだと考えられます。

  次に、金融政策ですが、先進国の金融政策は、昨年、米国を中心に緩和方向に動いており、世界経済を下支えしてきたと言われています。その後、米中通商交渉の部分合意やブレクジットの決定により、一旦世界経済を巡る不確実性は後退しているほか、先進国のインフレ率をみても、低位で安定しています。こうした中、昨年12月時点のサーベイでは見通し期間中の利下げは想定されておらず、先進国の金融緩和は一旦打ち止めが予想されています。本年2月11・12日に行われたFRB・パウエル議長の議会証言でも、「新型コロナウィルスの影響について、その規模や範囲について述べるのは時期尚早であり、今後の動向をより注視する」として、現段階では、一段の利下げ観測は出ておりません。

  一方、新興国は長らく景気が好調な中、高いインフレ率に悩まされ、金利を引き上げてきましたが、足もとは世界経済減速の影響もあってインフレ率は落ち着いています。従って、相対的に利下げ余地があるとみられています。実際、新型コロナウィルスの影響が拡がった2月に入り、タイやインドネシアでは利下げを行っています。

このような状況ですが、個別セクターをみますと、IT関連財では、アナリストによるEBITDA(金利・税金・償却前利益)の収益見通しはかなり強気で、回復を予想する見方が拡がっている状況です。この他、自動車や資本財についても、緩やかながらも回復に向かうとの見方となっています。

さらに、世界経済について、昨年来、確かに製造業は減速の動きが拡がった訳ですが、他方で、各国のサービス業PMIは好調を維持しているほか、小売・サービスやGAFAに代表されるITサービスの収益(EBITDA)も改善の見通しとなっているなど、非製造業の業況は確りとしており、製造業と非製造業との間でデカップリングの状態が続いています。

  こうした背景には、先ほど申し上げた先進国による金融緩和に下支えされる形で、消費者コンフィデンス(消費者信頼感指数)がここ10年でもっとも高い水準で維持されていることがあります。因みに、IMFでは、2019年の各国の金融緩和が行われなければ、2019年と2020年の世界経済の成長率をそれぞれ0.5%ポイント押し下げたであろうと推計しています。

  次に新型コロナウィルスの影響についてSARSとの比較でお話し致します。2003年に流行したSARSは、感染者が8,096人、死亡者が774名で致死率は9.6%と高かったこともあり、各国で警戒の動きが拡がりました。これに対し、今回の新型コロナウィルスの感染者は1月29日時点で6千人余ですが、SARSと比べて急激に感染者が増えているのが特徴です。他方、致死率をみると2%程度とSARSより低くなっています。こうした中、新型コロナウィルスへの現時点の中国政府の対応ですが、団体旅行の停止、春節後の操業開始の延期を打ち出している中で、政府系金融機関による低利融資や税制面の優遇措置等の様々な景気刺激の対策を打ち出しています。今後10日程度、あるいは2月中に、中国国内での感染者数の増加あるいは面的な拡がりが収束し、操業再開・正常化の方向に向かうかどうかが、注目ポイントと考えています。

Ⅲ. 中国経済

  中国経済の2020年の成長率は、IMFの直近1月時点の見通しでは6.0%ですが、今回の新型コロナウィルスの影響により、少なくとも第1四半期(1~3月)は、年率で3%程度まで落ち込むのではないかとの見方もあります。今後の影響次第ですが、2020年の成長率は5%台に低下するのではないかとの見方が多いようです。

  中国の経済成長率は年々スローダウンしておりますが、それでも2019年の小売売上高は前年比7~8%の伸びを確保しています。スマートフォンをみると、ファーウェイなど中国のスマホメーカーは5G対応のスマートフォンを販売しており、これらの販売が好調のようです。

  他方、懸念される点は、自動車販売が低調なことです。政府による減税等の施策もあって、2015~2017年にかけて販売台数の伸びが続きましたが、2018~2019年には販売台数が減少に転じ、2年連続で前年割れとなっています。年初には、今後回復に向かうと予想されていましたが、2020年入り後も、新型コロナウィルスの影響により、販売台数の落ち込みが続いています。中国の自動車販売が回復するかどうかは、トヨタなどの自動車メーカーのみならず、自動車関連財を生産するメーカーにとっても影響が大きく、今後の大きな注目点の一つです。

Ⅳ. 日本経済

  日本経済について、昨年、米中貿易摩擦等の影響により先行きの不確実性が高まり、大きなダメージを受けている印象があるかもしれません。確かに日銀短観における景況感をみると、製造業では悪い超に転じていますが、実際の輸出をみると減少には転じているものの、過去のリーマンショック時と比較すると、その落ち込みの程度はずっと小さいものに止まっています。自動車関連財については、中国における自動車販売の低迷により、輸出・生産とも落ち込みがみられていますが、先ほども話したとおり、IT関連財などでは海外の需給環境は改善の動きがみられています。

ITセクターでは、ITサイクルが改善局面に入ってきていると言われており、実際、半導体企業の在庫が適正化に向かいつつある中で、電子部品・デバイスの出荷・在庫バランスは足もと改善の動きがみられています。こうした中、アナリストによる大手半導体企業の2020年の売上予想(昨年12月時点)は、同9月時点の予想より上方修正され、前年比で2ケタのプラスに転じる予想です。実際、本年は中国を中心に5Gの基地局投資やスマートフォンの需要が増加に転じるとみられており、こうした流れを受け、DRAMやNANDなどの半導体市況も下げ止まりから回復に向かう動きがみられています。

 また、わが国の企業収益をみると、確かに昨年は減益となっていますが、売上高経常利益率の水準をみると、2019年度においてもなおリーマンショック前の水準を上回っています。ここ数年の景気回復による収益の改善により企業の内部留保には余裕があり、こうしたこともあって設備投資は確りと増加しています。

 設備投資の内訳をみると、世界経済減速の影響により、生産能力の増強などの機械投資の伸びは一服していますが、研究開発投資やソフトウェア投資などはしっかりと増加しています。

 研究開発については、自動車に関してはCASEと呼ばれるコネクテッド、自動運転、シェアサービス、電動化を進めるために大きな投資を続けておりますし、ソフトウェアに関してもSociety5.0とも言われますけども、AI、IOT、クラウドなど新たなIT技術の活用により、生産性向上や新規ビジネスの創出に取り組む動きが続いています。

 また、非製造業についても、省力化投資のほか、都市再開発など建設投資が増加しています。建設投資については、オリンピック後に大きく落ち込むのではないかとの質問をよく受けますが、東京では山手線の新駅・高輪ゲートウェイ駅周辺や東京駅・日本橋エリアなど再開発案件が目白押しですし、大阪においても、うめきた2期と呼ばれる梅田駅周辺の大型開発が続いており、あまり心配する必要はないのではないかとみています。

 この他、政府による公共投資も、先行指標である公共工事請負金額や受注高は増加に転じています。こうした中、昨年末には政府により追加の経済対策も打ち出されており、公共投資は、当面の間、日本経済の成長を下支えするとみています。

 秋田県経済をみても、建設業者の景況感は良好です。県内では、風力発電設備の工事のほか、公共関連では、雄物川の河川復旧工事、日本海沿岸東北自動車道、成瀬ダム、鳥海ダム建設の工事が進んでおり、工事量は高水準で推移しています。

 内需のもう一つの柱である個人消費は、消費税増税前までは改善の動きが

続いてきました。皆さんに消費は増えていますかと聞けば、横這いですとの

答えが多いのですが、ここ数年、ペースは緩やかですが、消費は確りと増えています。

 消費税率引上げの影響については、引上げ後の反動減は前回より小さいとみています。その要因としては家計の増税負担が小さいことです。2014年の増税時には5%から8%に上げることで、家計には約8兆円の負担増になりました。これに対し、今回は消費税率の引上げ幅が2%で約6兆円の負担増に止まる中で、キャッシュレス決済によるポイント還元や幼児保育料の無償化等の政府による施策により、実質的な負担増は前回引上げ時の4分の1の約2兆円程度に止まるとみています。

 この点、コンビニはキャッシュレス決済を行えば、その場で2%分が値引きされることもあり、ほとんど影響は出ていません。スーパーも日用品で直前に駆け込みがありましたが、売上は昨年末にかけて前年を上回るところまで戻ってきており、全体として非耐久財はあまり心配ないと思っています。また、耐久財も、家電では、増税前にみられた冷蔵庫や洗濯機といった高単価商品の駆け込みの反動減について、徐々に販売が持ち直してきており、全体として反動減の影響は月を追うごとに和らいできています。

 ただし、自動車は、直前に目立った駆け込み需要がみられなかったにも拘わらず、増税後に販売が大きく落ち込んでおります。この要因としては、台風19号に伴い一部メーカーの生産に影響が及び、納期が遅れていることや、部品の不具合・リコールから一部メーカーの新型車の発売時期が3カ月程度、先送りになったといったことがあります。足もと台風の影響は一服し、2月からは新型車の販売も再開されることから、今後、どこまで回復するか見極めたいと思っています。

 この個人消費を支える雇用環境をみると、確かに製造業や関連の派遣の求人は減少していますが、依然として有効求人倍率は高値圏にあるほか、失業率も2%台と全体としては人手不足の状況が続いています。このように雇用環境が大きく改善しているにも拘わらず、消費の伸びが緩やかに止まる背景には、賃金の伸びが低いことがあります。賃金の伸びをみると、企業収益が高水準にある下で、最低賃金も高めの上昇が続いていることから、パートの時給は前年比2%に近い比較的高めの伸びとなっていますが、正社員の名目賃金の伸びは前年比1%程度に止まります。特に昨年は、世界経済減速の影響により減益となった製造業が多い中、賞与の改善が進まなかったこともあって、賃金の伸びは鈍化しています。

 もう一つ心配なのは、インバウンド消費の動向。ご承知のとおり日韓関係の悪化から韓国人観光客は落ちこみましたが、インバウンド客の約3割を占め、来日時の一人当たりの消費額の大きい中国人観光客の伸びが、韓国人観光客の落ち込みをカバーしていました。この点、今回の新型コロナウィルスの影響により、インバウンド消費は大きく落ち込むとみられ、実際に東京や大阪の百貨店売上は大幅な落ち込みとなっています。

 ただし、秋田県は、旅行客に占めるインバンドのウエイトが元々低いほか、国別にみても台湾からの観光客が多く、中国人観光客のウエイトはそれほど高くはないので、インバウンド消費の落ち込みの影響は、他の地域との比較では相対的に小さいと考えております。

 最後に金融政策についてお話しします。金融政策は、CPI(消費者物価指数)・前年比2%の「物価安定の目標」を目指し、金融緩和を行っていますが、物価上昇率は足もとにおいても0%台後半で推移しており、目標の達成にはまだ時間がかかる状況です。

 こうした背景には、一つはフィリップス曲線の傾きが緩やかとなり、需給ギャップがプラスにいっても、なかなか物価が上がり難くなっていることがあります。この背景として、わが国の潜在成長率が低下していることが指摘できます。すなわち、日銀スタッフの推計によると、80年代後半のバブル経済の頃、日本の潜在成長率は4%程度あったのに対し、足もとは0%台後半にまで低下しています。潜在成長率低下の要因の一つは、少子高齢化により労働投入量が減っていることですが、定年後の再雇用や子育て世代の女性が共働きをして労働に参画することで押し上げている面もあり、この下押しの影響は1990~2000年代と比較すると小さくなっています。また、前述のとおり、ソフトウェア・研究開発や省力化のための設備投資も増えていますので、資本投入量も一定程度、潜在成長率の押し上げに寄与しています。こうした中で、一番問題なのはTFP(全要素生産性)が一貫して低下していることです。この背景には、日本の企業の技術革新、イノベーションを生み出す力が低下していることがあると考えています。

 足もと、例えば、ソニーではスマホに搭載されるトリプルカメラなど画像センサーの技術で業績が大きく改善していますが、自動車のCASEの関連でも、電動化や自動化の分野で世界の潮流を牽引するような技術革新、イノベーションをわが国の企業が生み出していけるかが、今後の日本経済の成長率を引き上げていくうえで重要と考えています。

 なお、日銀では、昨年10月に「物価安定の目標」に向けたモメンタムの評価を実施し、その際に「海外経済の動向を中心に下振れリスクの方が大きい」と公表しました。その後、米中通商交渉の進展やブレクジットの帰趨が決まり、これらに係るリスクは一頃より後退しているように伺われますが、他方で新たに新型コロナウィルスの影響が拡がってきており、下振れリスクが引き続き大きい状況に変わりはありません。

Ⅴ.  先行きのリスク


先行きのリスクとしては、第一に先進国における世界的なディスインフレの進行が挙げられます。米国では、GAFAに代表されるような企業が新たなビジネス、イノベーションを生み出していることもあって、日本やユーロ圏に比べると先行きの予想インフレ率は高めですが、それでもここ10年の間にディスインフレの傾向は続いています。また、ユーロ圏では、先行きの見通しは1%台前半に止まっており、ユーロ圏でも物価目標の達成は容易ではありません。こうした中で、ECB(欧州中央銀行)のラガルド総裁は、1月24日の政策理事会の後に、2020年末まで金融政策の戦略的レビューを実施することを公表しており、今後、金融政策の枠組みが変わり得るのか、注目されています。

  第二に、世界的な企業債務の積み上がりが指摘できます。米国企業の社債残高は年々増加してきており、相対的に格付の低いトリプルB格の社債発行が増加しています。また、世界各国では、2018年の企業収益(EBIDA)に対する有利子負債残高の比率がリーマンショック前の2007年の時以上に高く、レバレッジが拡大しています。このことは、新型コロナウィルスの影響が拡大するといった金融・経済に対する負のショックに対する企業や市場の耐性が徐々に低下してきていることを意味します。

  第三に、製造業の景況感回復の遅れによる影響です。過去に製造業の景況感が後退した局面をみると、比較的短期間に回復した場合には、その影響は非製造業に及ばずに景気が回復に向かっています。他方、長期間に亘って製造業セクターの後退が続くと、雇用所得環境の悪化などを通じて、消費者コンフィデンスにもマイナスの影響が及び、非製造業セクターも悪化に転ずるという分析結果となっています。世界経済の減速は、既に1年以上に亘って続いていますが、仮に今後、新型コロナウィルスの影響が大きくなり、世界経済が一段と減速するようなことになると、日本の景気も後退局面入りする恐れがあります。従って、今後数ヵ月で中国経済が回復するかどうかが当面の世界経済の大きなポイントだと思っております。

私からの説明は以上となります。ご清聴ありがとうございました。

(文責:秋田人変身力会議 事務局長 永井 健)