第58回変身力研究会報告/「自然災害の防災・減災-地域社会・自治体の役割」~岩手山噴火危機・東日本大震災を事例に~


2月10日に岩手大学元副学長齋藤徳美氏を講師にお迎えして、協働大町ビ

ルで「自然災害の防災・減災-地域社会・自治体の役割」をテーマに第58回

変身力研究会を開催しました。以下はその講演要旨です。

  1. はじめに

 私はご紹介頂きましたように終戦直前の昭和20年3月に千秋公園のお堀の

近くで生れ、秋田高校から東北大学工学部に進み同大学の大学院博士課程を修

了して、岩手大学工学部に赴任、地下計測学や地域防災学を研究・講義する傍

ら、県が設置した防災に関する様々な審議会の会長と理事・副学長として大学

経営にも関わりました。

平成22年に退官して放送大学岩手学習センター長に就任しましたが、27年

に退任し現在は岩手県火山検討委員会座長等10余の審議会の会長を務めてお

りますが、時間的には依然よりは余裕のある生活を送っております。

  1. 頻発する自然災害へ~連携と連帯責任による岩手の減災への取組み

 岩手大学に赴任する際に先輩からの餞の言葉として「地方大学では地域に役

立つ研究をしなさい」と言われたので「地熱」と「津波」を研究することにしましたが、岩手大初の民間との共同研究の相手先であった日本重化学工業㈱の

土井氏との連携が、岩手山噴火危機対応に繋がることになりました。
昭和61年に他学科や地域との連携がないことに危惧を感じて、工学部の中

堅、若手教官の飲み会を始めましたが、その後県庁勤務の卒業生も参加した日

本初の産学官連携組織である岩手ネットワークシステム(INS)に発展し、

平成4年には会則を制定し、飲み会から共同研究さらには地域共同研究センタ

ーへと変貌を遂げ、現在会員数は知事、学長を含め1,100名、40研究室を有す

る組織に拡大しています。

 この間、平成7年に発生した阪神淡路大震災に衝撃を受けINS内に「地盤

と防災研究会」を設置し、地震に耐える構造物の研究を地質・設計等の学会、

業界関係者のみならず県・市町村等の職員も参加する組織で行うこととし、そ

の会長を務めると共に「盛岡市の地震危険度」を盛岡市と共同研究を行いまし

た。

 平成9年には火山性地震が観測された岩手山の防災を目的とした「INS岩

手山火山防災検討会」を発足させましたが、その後公的な組織として「岩手山

火山災害対策検討委員会」に改組しました。

 検討会は大学、行政、民間企業、報道機関など約60の機関及び個人が参加

し、毎週土曜日の午後に大学の食堂で通算75回開催しましたが、会議後は交

流会を開催して顔の見える交流を図りました。

 岩手山は270年間噴火の記録がないことから、行政・住民とも生きている火

山との認識がなかったので、10年に「岩手山火山防災マップ」を公表し、周辺

市町村の全世帯に配布するとともに、岩手山全山への立入を規制しました。

 12年には我が国初の火山防災ガイドラインを策定し、検討会が警戒本部長で

ある知事に学術的な助言行うともに協議し、市町村長が避難勧告を発令する際

に助言を行うことにしました。

 また、研究者、行政、報道機関、住民が連携して地域の安全を守る岩手方式

の火山防災「減災の四角錐」体制を構築し、実践しましたが、13年には地震の

減少と緊急通報装置などを設置したことから東岩手の入山規制を解除し、16年

には6年振りに全山の入山規制を解除しました。

3.6千名の犠牲者を出した津波防災~復興にはINSの遺伝子が貢献

 東北での記録にある大規模な津波災害は過去6回発生しており、最新期は昭

和35年に発生したチリ地震津波ですが、平成8年に岩手県、NHK、岩手大

学が共同で実施した津波に関する住民の意識行動調査では、防災に対しての認

識の甘さが浮き彫りになる結果が示されました。

 この間私も、大学の国立大学法人への移行業務のために、学長特別補佐とな

りそのまま理事、副学長を歴任して平成22年に退職しましたが、その翌年の

23年に東日本大震災が発生しました。

 震災後にINSメンバーである県の幹部職員、学長等と協議して「岩手県東

日本大震災復興委員会」の下部組織である復興計画の起草、進捗管理を担う

「総合企画専門委員会」の委員長に就任しましたので、復興の2本柱として

  1. 仕事(生業)を興す(2)安全を守る街づくりを打ち建て、「安全」の

確保と「暮らし」の再建と「生業」の再生を復興の3原則として取組むことと

しました。

 岩手大学も復興支援として「三陸復興推進機構」を学内に設置し、校是であ

る「岩手の大地と人と共に」をベースに「INSの遺伝子」を引き継ぎ、地域

に貢献する大学としての支援体制を整備しました。

  1. 豪雨災害に対応した風水害対策支援チームの結成

 平成28年8月に台風10号の風水害で岩泉町の小本川が氾濫し11名が死亡

する豪雨災害が発生しました。死亡者が多く出た要因として町長の避難勧告が

遅かったのではないかとの意見もありましたので、風水害が予測される事態で

は国、県、専門家等が連携して、市町村にリアルタイムでアドバイスする必要

があるのではないかと考えて、県の組織として29年6月に「風水害対策支援

チーム」を結成しました。

 なお、29年7月には秋田県でも記録的な大雨が降り雄物川が氾濫しました

が、和田秋田地方気象台長が前年の岩手県での経験を生かして、県内自治体の

首長とホットライン結び的確なアドバイスを関係自治体の首長にしたので、首

長の避難指示のタイミングも良く、人的被害はありませんでした。

 しかし、災害の減災のシステムが秋田県では個人の資質に依存しているのに

対して、岩手県では風水害対策支援チームで対応しているので、秋田県も参考

にして頂きたいと思います。

  1. 災害復興の課題は地域創生の課題~飢饉の国岩手と桃源郷秋田

 私が生まれ育った秋田は黄金の稲穂がたなびく佐竹20万石(実禄高は32万

石と言われた)の地で、やませ(山背)で飢饉が頻発した南部10万石(江戸

後期に高直しで20万石)の勤務地岩手と比較すると、美人が多くお酒が美味

い桃源郷です。

そういう意味では秋田は地域振興にあくせくしなくても良かったということ

で、地域創生への取組みが遅れてしまったのかも知れません。

INSの主要目的は地方創生であり、大学と地元企業との共同研究で企業の

技術力向上と大学の研究資金獲得、学生の地元定着です。

 津波復興事業で露呈された課題としては、復興資金が5省庁の40事業が中

心で地方がその資金を活用出来ないことであり、ハード対策は目に付くものの

人の姿が見えず、コミュニティーの復活が難しくなっていることです。

 地域の産業を活性化しなければ、地域に回遊する資金が少なくなるので、生

業(なりわい)を創り、地域が自立する復興施策を実施して欲しいと願ってお

ります。

 食料やエネルギーが安価に地方から大都市に送られており、地方がなかった

ら首都圏は成り立っていかないのに、東京一極集中が進み地方が衰退の一途を

辿っているのが現状です。

 私としてはこうした現状を大きく変えることは難しいので「人口減を止める

政策よりは、残っている5千名の町民の幸せを目指す政策」を実施して欲しい

と願っております。

 具体的には三陸鉄道を動脈として病院、学校、公共施設などのインフラを市

町村が共有し、金平糖の角のような特徴のある産業が立地するコンパクトヴィ

レッジが連なるイーハトーブの世界を創りたいと思っています。

  1. 国難は北朝鮮より自然災害~国は自治体に責任を押し付けるな

 自然災害は生きている地球の息吹です。大気(気体)と水(液体)は対流し

進化し続けることで気象災害が発生し、地球内部の超高温に起因するプレート

の移動で地震と火山の噴火が発生します。このため自然災害は地球が存在する

限り未来永劫発生し続けるのです。

 地震は現在の科学水準では予知出来ず、警報が出されても避難が不可能で

す。津波は地震に付随して発生しますので、予知出来ませんが到達まで相応の

時間がありますので、高所等に避難することで人命だけは助かります。

 繰り返しになりますが、地震観測が始まって140年になりますが、前述のと

おり地震の予知は不可能ですので、これからも想定外の地震及び津波に遭遇す

ることになると思いますが、地震発生時に出される「緊急地震警報」では被害

を防ぐには限界があります。

 南海トラフ地震程度の地震は100年に1回程度繰り返し発生しており、直前

の発生は1944年でしたので、今後10~20年以内に発生する可能性が高いと

思いますが、首都圏一極集中等リスク分散を怠って来たので、発生したら壊滅

的なダメージを受けると予想されます。

 政府は南海トラフ地震について3分で34mの津波が襲来するとの想定を公表

しておりますが、その対策を智恵もカネもない自治体に丸投げして責任を転嫁

しており、それで安全を確保が出来ると考えているのでしょうか。

 太平洋沿岸ばかりではなく、日本海沿岸も津波常襲地域であり、秋田でもそ

の対策をしっかりと立てておく必要があると思います。

  1. 噴火災害~火山噴火警戒レベルの落とし穴

気象庁では火山噴火警戒レベルを発表していますが、噴火災害は多様で正確な

予測は容易ではないなかで、平成19年から5段階の防災情報を発表していま

す。

 しかし最近噴火した御嶽山は警戒レベルが未設定であったこと、鹿児島県の

口永良部島はレベル3であったのを噴火でレベル5に引き上げる等、事前警報

の役割を果たしていないように思われます。

 事実、噴火警報の的中率は16%であり、御嶽山の噴火のように噴火を見逃し

た事例も13件あります。

国は火山法を改正して50火山周辺の129市町村を「火山災害警戒地域」と

指定し関係市町村、気象台、警察、消防、火山専門家らで「火山防災協議

会」の 設置を義務化し、火山ハザードマップ、噴火警戒レベル、避難計画の

策定を義務化しました。

しかし、噴火の歴史も不確かな火山で、どうシナリオを描き、マップを作成

し、安全な避難計画を策定できるのか甚だ疑問が残るところです。

今年の1月に前兆もなく突然噴火した草津白根山等の事例からみれば協議会

に責任を転嫁しているようにも考えられます。

 なお、秋田県の常時観測火山は十和田(警戒レベル未設定)、秋田駒ヶ岳

(レベル1)、秋田焼山(レベル1)、栗駒山(未設定)、鳥海山(未設定)と5

カ所を数えますが、レベル未設定が3カ所もある等、観測体制も活動評価体制

も不十分であると評価せざるを得ません。

  1. 未来により良い社会を引き継ぐのは私達の責務~未来責任と脱原発

私の岩手でのたかだか40年の研究者人生で、2度も未知の活断層が動いた

ことがありましたが、そのような事態に遭遇した時に、研究者としては幸せ
だったかと言えばむしろその反対でした。

日本では安定している山塊以外は活断層だらけということで、内陸地震の多

くは既知の活断層以外で発生しております。

研究者のカンで言えば、日本は活発な地殻変動や地震活動がみられる帯上の

地帯いわゆる変動帯が大部分であり原発不適地であるということです。

福島原発では原発建屋に貯蔵されていた核燃料は、電源を失ったことから冷

却不能となり、水素爆発や格納容器の圧力を下げるために行われたベント等で

大量の放射性物質が放出される等、史上例を見ない大規模な事故となりました。

 資源エネルギー庁は核廃棄物処理に適した地域は国土の70%と公表しました

が、変動帯上の日本では、核廃棄物の安全性が確認できるまでの10万年間に地

震が発生しないということは担保出来ないというのが、地球科学研究者の常識

ですので、原発不適地であるということは明白な事実です。

 阿蘇山を含む九州第四紀カルデア火山は1万年毎に噴火を繰り返しており、

そういう意味では明日にでも噴火するかも知れませんので、鹿児島の川内原発

が影響を受けることが必至です。

日本で商業原発が稼働して50年余となりますが、核廃棄物の安全性が確認で

きる10万年後までそのツケを後世の子孫に引き継ぐことは、人生80年の人間

としてはあまりに傲慢であり、一日でも早く原発を停止し、これ以上の核廃棄物

を増やさぬように政策転換することを願っております。

 

(文責:秋田人変身力会議 事務局長 永井 健)