第54回変身力研究会/IT業界の快男児が秋田に新風を吹き込む

 6月6日に株式会社エスツー代表取締役須藤晃平氏を講師にお迎えして、あ

きた文化産業施設松下で第54回変身力研究会を開催しました。以下はその講

演要旨です。


  1. はじめに

 荒谷会長からもお話しがありましたが、当社がやっていることを説明しても

ほとんどの方は理解出来ないと思いますので、私達の仕事が商売になっている

ことを知ってもらえれば、IT業界にも関心を持って頂けるのではないかと思

いますので、本日はそういうスタンスでお話しさせて頂きます。

 当社は2006年に仙台市で創業、社員数は常時採用しているので変動があり

ますが現状50名、16年に本社を仙台から秋田市に移転しましたが、営業の拠

点は東京渋谷のOFFICEで、一昨年インドネシアのジャカルタにブランチを開

設し海外展開も図っております。

  1. 当社の事業

 当社はハッカー集団ですというと、技術を悪用してシステムやネットワーク

に侵入し、データを改ざんしたり破壊したりする犯罪集団を連想するかもしれ

ませんが、そういう違法行為をする人達はクラッカーと呼ばれております。

 私達はあくまでもシステムの構造を解析するために、ネットワークやコンピ

ューターに侵入しているのであって、システムやネットワークに侵入して悪い

ことをするクラッカーから守ることが私達の仕事です。

 例えば最近バスケットBJリーグのチケットのネット販売窓口からチームの

ホームページに侵入し、チケット購入者の個人情報を盗み取ろうとした事案が

発生しましたが、これを解析したところホームページ作成ソフトが、かなり古

いものであることが解ったので、これの改善を指導しました。

また地元の警察から、同署で使用しているシステムやネットワークに侵入さ

れて情報を盗取されるような弱点がないかを検査して欲しと依頼され、解析し

て報告しました。

 このような作業はペネトレーションテストと呼ばれており、作業を受託出来

る企業は当社を含め10社程度ですので半年先までの受注を抱えております。

 情報漏洩で最近話題になったベネッセさんでは、その損害額が360億円と云

われる等多額ですので、企業側も神経質になっており受注も増加基調です。

  1. 創業までの足取り

 私は1980年に静岡県磐田市で生まれましたが父親の転職に伴い、5歳の時に

父親の故郷である秋田市に転居し、明徳小、東中、南高校を経て東北薬科大学

に進学しましたが、薬剤師という職業が性に合わないことが解ったので1年で

中退しました。

 その後の進路を考えた時、英語を身に付けることが必要ではないかと考え、

一番費用が安そうなオーストラリアに行きましたが、直ぐにオーストラリア人

の友達が出来たので生きた英語を学んでいるうちに、19歳で労働ビザを取得し

メルボルンで漫画喫茶を開店しました。もともと漫画が好きで家に在庫してい

た少年ジャンプ等数百冊に加え、友達等から寄付してもらった8千冊で営業を

開始しました。

 その店を日本経済新聞が取材に来て同社が発行する雑誌に掲載され、それを

読んだ漫画喫茶最大手の社長からうちに来ないかとヘッドハンテングされまし

た。既に年収1千万以上でしたが、東京で働くのもいいかと考えて同社に就職

しました。

 同社は船井総研グループの1社で漫画喫茶の海外展開でも命じられるかと思

っていたら、ITの勉強と2年以内で中小企業診断士の資格を取りなさいと命

じられました。昼はITを学びながら夜間の専門学校に通って診断士の資格を

取りましたので、子会社の社長を任せられる等相応に評価されていましたが、

IT業界人の桁外れの浪費に疑問を感じて同社を退職し、2006年5月、25歳

の時に土地勘のある仙台で当社を設立しました。

  1.  起業から企業に

東京のIT人類への反骨から仙台で会社を設立することにしたので、お金が

無く事務所は市場の2階を月5万円で借り、会社の登記費用もトラパンツの長

谷川社長から借りる始末でした。このためしっかりとした事業計画も無く、お

金になることは何でもやりました。例えばパソコンで名刺を作成したり、市場

前の路上で木炭を売ったりしていましたが、幸運にも東北最大のレンタルサー

バー会社が倒産し、知り合いであったその社長から社員と取引先及びサーバー

を引き受けてくれないかとの要請があり、引き受けることにしました。

 漸く会社らしくなったので、中小企業診断士の知識を活かして家賃や人件費

が東京より安い仙台をベースに、東京の主に芸能、ゲーム業界を取引先とする

サーバー管理会社としての事業計画を立てました。

 サーバー業界のライバルはNTT、ソフトバンク、KDDI等の超大手の資

本が入った企業ですので、差別化を図るために世界の最先端の技術を収集して

お取引様に提供するとともに営業開拓のツールにしました。

 会社設立5年後の11年に大震災に遭遇しますが、支障なく業務運営が出来

たことからお取引様の信頼度が増したので、東京圏への営業を加速するために

12年渋谷に東京OFFICEを開設しました。

 当社のお客様は芸能業界が比較的多いのですが、例えばAKB48のじゃん

けん大会や総選挙では、ファンのサイバー攻撃が凄まじく、これを防御するた

めに東北在住の知名度のあるハッカーを採用して対応したので、芸能業界のお

客様は増えています。

 大震災はなんとか凌ぎましたが、余震も継続していたので日本海側にも拠点

を持ちたいと考えていた時に、北都銀行さんから同社のデータセンターが空い

たとの連絡があったので14年に秋田OFFICEを開設しました。

 当社が採用する人材は高校を中退してパソコンを友達に引き籠っていた子達

が多いので、私も彼等と向き合う時には短パン、Tシャツですから、それが制

服になってしまいました。そのままの服装で銀行にも出向くものですから、T

POを考えるようにと忠告を頂きました。

 三井物産が当社のクラウド技術を評価し、インドネシアのジャカルタにデー

タセンターを作ろうと誘って頂きましたので、15年に進出しましたが、賃借物

件が広過ぎたので半分を漫画喫茶とし、日系企業のデータオフィスとしても使

用しています。

  1. 今後の事業展開

 ハッカーの技術とかは今の学校教育では教えてくれないので、教育して欲し

いとの要望がありますので、相応の資格が取得出来る次世代のIT技術者を養

成するアカデミーを取り敢えず秋田に造り、順次全国展開したいと考えており

ます。

 当社では先にお話ししましたが引き籠りの子達を1年で一人前にする社内の

教育システムを確立しておりますが、それが評価されて大手情報企業からプロ

グラマーにセリュリティやクラウドの研修を依頼されております。

 また、ベトナム・ダナンのドンア大学と覚書を締結し、IT教育のカリキュ

ラムとテキスト造りを依頼されましたが、IT業界は日進月歩なのでテキスト

は毎年改定する予定です。

 日本ではIT人材が大幅に不足しており、これを補うために5千人強のベト

ナム人が日本から進出したIT企業で働いておりますが、この傾向は続くと予

想されるので、ドンア大学からは日本企業に就職出来る教育カリキュラムを作

って欲しいと要請されており、卒業生の何人かは秋田で働いてもらいたいと考

えております。

 兎に角IT人材が不足しているので、ベトナム等海外企業への外注(オフシ

ョア)が急増しているため、海外のIT人材の人件費も高騰しています。月給

がインドネシアで35万、ベトナムで40万と多分秋田よりは高いのではないで

しょうか。

 このため当社では秋田にラボを作って東京の仕事を引き受けることにしまし

た(ニアショア)。当社は最先端の技術を社員に教育し、サーバーを利用して

もらっている6万の顧客に声を掛ければ、相応の受注は可能だと判断して社員

を100名程度募集しています。

 最近ドイツ人の若者が入社し秋田で働くことになりました。横浜に住んでい

ましたが都会が嫌になったと秋田に転居しました。今後スエーデン人、台湾人

も来秋の予定ですし、ベトナム・ドンア大学の卒業生も期待出来ますので、当

社の秋田本社はグローバルな人材で運営されていくことになると思います。

 また、ベトナム等の海外企業に外注していた業務を当社に移管するとか、ゴ

ルフの予約サイトを任される等受注も順調に増えておりますので、当社でも人

材の確保が最大の課題となっております。

  1. 秋田でやりたい事

 主催者から秋田を活性化するためのアイディアを話して欲しいと要請されま

したが、今の自分は商売に徹して稼ぐことしか考えておりません。若手経営者

の方が相談に来ることもありますが、私は兎に角稼ぎなさいと云っております

し、クラウドファンディングも良いですが、先ずはしっかり稼ぐ力を付けなさ

いと話しております。

稼いで残ったお金をどう使うかも考えていないので、余ったら千秋花火やバ

スケのハピネス等に協賛金として寄付したいと考えております。

 秋田に進出したのは震災の影響もありますが、人件費が安いのでお金になる

と考えたからです。兎に角、人がやるより先にやればチャンスがあるというこ

とです。当社の社員は例えばドラゴンクエストを一夜でクリアしてホームペー

ジにアップし注目されましたし、アイフォンの使い方も説明書を見ないで1日

でマスターする等優秀な人材が揃っております。

 そのような人材を育て活用することで、秋田の中堅企業として今後とも商売

の世界で頑張って行きたいと考えております。

 私は当社の役員6名中、年齢では下から2番目で、社員の中でも私より年上

の方が5名おりますが、幹部や社員が辞めないのは奥羽住宅産業の中村社長の

影響かも知れません。

 18歳の時に中村社長のところでアルバイトをしましたが、工事現場の50代

の親方が「社長は若いがしっかりしているし格好良いだろう」と自慢しており

ました。私も中村社長に倣って年上の社員を使いこなし、一緒に楽しみながら

社員を教育して格好良く稼いで行きたいと考えておりますので、今後ともよろ

しくお願い申し上げます。

(文責:秋田人変身力会議 事務局長 永井 健)