第53回変身力研究会/地域創生-五城目町での実践事例~人が咲く秋田へ~


 3月4日に五城目町地域おこし協力隊の石田万梨奈氏を講師にお迎えして、

第53回変身力研究会を秋田市役所内のセンタースで開催しました。以下はその

講演要旨です。

1.はじめに

 この3月末で私達3名の地域おこし協力隊が五城目町に赴任して3年の任期

を終えることになりますが、この時期に私達の活動を振り返る機会を与えて頂

きまして有難うございます。この講演では3年間の活動とその中で感じたこと

をお話し致しますが、任期終了後も五城目町で引き続き暮らして、仕事をさせて

頂きたいと思っておりますし、私達の活動が秋田に貢献する領域を広げさせて頂ければと願っておりますので、講演のテーマを「人が咲く秋田へ」としました。

 最初によく質問されますので、なぜ秋田に来たのかをお話しさせて頂きます。

動機は単純ですが、秋田に来る直前に農山村の町づくりにワイワイガヤガヤと

関わったことが、楽しかったからです。

私は都内の綺麗なPTAのママ達に囲まれた女子高育ちですが、なんか型に

はめられた、こういう女性に育ちなさいよというような感じで学校生活を

送っていたように思います。

そういう風に生きていかなければならないと思っていましたが、大学時代に

超楽しい経験をしました。社会学のゼミで有機農業の先進地である山形県高畠

町等の農山村で、5日間ぐらい茅葺の古民家等に泊まって調査や時には農作業等

を行い、最終日に皆さんと懇親会を行うのですが、それが最高レベルに楽しい思

い出として残っております。

 身体を動かし、美味しいものを食べて、演じていない素の姿の農山村の方々と

の交流は、本当に楽しい経験でした。

 もう一つは大学時代に水俣病について勉強して得たものです。水俣の漁師さ

んからは命に対する感受性を教えて頂き、尊敬の念が生まれました。水俣を通じ

て幸せとは何だろう、幸せを得るために犠牲になっているものがあるのでは

ないかと考えるようになりました。

 社会に課題が発生したら、皆で議論してその課題を修正していくのが民主主

義のシステムなのに、それがうまく機能しない社会になりつつあるのでないか

と思い、民主主義のシステムがうまく機能するブラットホームを整えることに

興味を持ちました。それがソーシャルイノベーションだとは認識していな

かったのですが、皆でワイワイ会話する中で創っていくことが出来ないかと

いうことを考えていました。

 20年前にユーチューブとかなかった頃ですが、インターネットテレビ局を開

設するところがあったので、そこにビデオジャーナリズムを持ち込めば、言論空

間が豊かになると思って就職しました。その後大学院でメディアリテラシーを

学び、社会問題を扱うミュージアムで企画と広報を担当していましたが、30代

半ばになった頃に、自分が一番ワクワクすることをやろうと考えていたら、湧き

上がってきたのがビジュアル的には農山村でした。

もう一つの理由は、3.11以降幸せとは何か、今までのように生産性優位で効

率を上げていけば幸せに辿りつけるという考えに疑問を持ったことです。

頑張っている人達が築いた蓄積の上に、幸せな社会を創り上げることが出来

るのは、農山村ではないかと思ったからです。右肩上がりの時代に取り残された

ものが残っているのは農山村で、その中に新しい社会を創るヒントがあるので

はないか考えました。

広井良典千葉大学教授がその著書「人口減少社会という希望」で述べている

ことですが、「人口減少社会は幸せへの入口」ではないかということを、協力隊

がプレゼンする時は必ずお話ししております。

 五城目町の人口は2040年には5千人になると予想されておりますが、もう少

しスケールを長くして考えると、明治維新以降の急激な人口増加は異常だった

のではないかと気づく筈です。

 今、秋田県・五城目町は少子高齢化の最先端を行っていますが、ここでこの

課題に対する社会モデルを創れば、全世界が迎えると予想される少子高齢化に

対応する先進モデルとなると思います。

 協力隊としては、こういう場所だからこそ一層求められているのではないか

と「世界一こどもが育つ町」を目指して活動してきました。

2.五城目町地域おこし協力隊の活動

 私達の活動は町での新しい仕事づくりと移住・定住支援です。仕事づくりは

移住者や以前からこの町に住んでいる方々への起業支援、及び地域資源を活用

して事業を行っている方々への、例えば農業の六次産業化等への支援です。

移住者数は私達と縁があって移住して来た方だけで子供達も含めて27名

です。私達の活動拠点は廃校になった小学校を活用した五城目町地域活性化

センター・通称馬場目ベースで、2013年10月に開設され年間5千人が来場

しております。

 五城目町は企業誘致を積極的に行ってきましたが成果が挙がらなかったので、

起業意欲の旺盛な若者たちの聖地にすることにし、馬場目ベースの一室を

1ヶ月2万円で貸出しています。

 私達が来た当初は3社が入居していましたが、現在は13社に増えており略満

室状態です。起業家を増やすための方策としては、ベンチャー支援企業でここに

事務所を構えるハバタク㈱と県が連携して募集しているドチャベン(土着ベン

チャー)ですが、その該当企業は2社入室しております。この2社は移住者が

起業した企業ですが、他の入居企業もイベントで集めたというよりは移住者

同士のご縁で起業した方が大半ですので、私達も一社、一社丁寧に支援しており

ます。

 町内の方も移住者して来た起業家から刺激を受けているようで、消極的で

あった町内の方々も前向きになってきています。例えば町の名物であるキイチ

ゴの栽培農家が、キイチゴを原料に黒ビールの醸造に取り組み、お子様がいる

女性美容師が馬場目ベースを拠点に移動美容室を開設し、ドローンの使い方を

教習する教室を馬場目ベースに開設したこと等が挙げられる。

 また、茅葺の古民家を改修して村と見立て、村を訪れた方を里帰り、年会費を

年貢、交流会を寄合と命名する等の物語性を持った施設にし、町への訪問者を

増やす仕組みも考えました。クラウドファンディングで年貢を集めたことも

あり、今では2千名近い村民が集う村に成長しています。

 地元密着型の企業支援としては、木材に関連した刃物の生産者や加工業者が

後継者に悩んでいたので支援組織を紹介し、農事法人には販路開拓とかHP

作りを支援させて頂きました。

 女性の起業家支援としては、オトナの学校を開設しましたがその中から移動

美容室を開設した方や、キイチゴジャムを造り始めた方が輩出しました。

 農業生産法人アグリ代表の畑澤與左右衛門さんは、自分の子供に「農業に未来

はないからここから出て行きなさい」と言ったことを悔いているとお話しして

いました。

この風景や集落を守りたいという強い気持ちはあるものの、自分1人では

どうにもならないと気落ちしていましたが、農業生産法人を大きくして地域の

青年を雇用し、将来に不安のない地域を創りたいとの想いをお聞きしたので、支

援させて頂いていたところ2名の雇用増が実現しました。

 また、子供達に記憶に残る行事を経験させたいということで、雪遊びや田圃の

手伝い等のイベントを畑澤さんの協力を得て開催しました。

3.五城目朝市わくわく盛り上げ隊

 五城目朝市は520年の伝統があり、豚や馬等の生き物や食料、日用品等多様

な物品が売買され、子供達にはここに来れば博士になれると言われるくらい、

面白い場所だったようです。

 その朝市も私が来た当初は、山菜祭りや鍋祭り等行事が開催される時以外は

寂しいものでした。昔の朝市風景を見ると手品師や易者、楽団もおり、嫁捜しの

ための情報交換の場としても賑わっていたようです。

 女性にとっても子育てしながら商売が出来る等、今でいう託児所付きの事業

所という感じだったのではないでしょうか。大きくは稼げなかったとは思いま

すが、女性にとっては小商いの出来る最高の場所であり、出店費用も110円/

日と超格安なので朝市復活の可能性を感じました。

 仲良くなったママ達からは「昔の朝市は良かった、子供達で賑わっていたので

復活したい」という声を聞きましたので、地元の人達を巻き込んで活性化を図り

たいと思うようになりました。

 ゆるい組織ですが「朝市わくわく盛り上げ隊」を結成し活性化の仕掛けを考え、

行事予定をFBに投稿してPRに務めました。出店者はPRの仕方を知らない

感じだったので、30~40代のママ達を対象に費用ゼロのFBを活用してPRを

始めました。

 FBでは朝市のコンセプトは昔ながらの市ですが、チャレンジのチャンスが

有りますと出店を呼びかけました。

 朝市は末尾に2,5,7、0の付く日に開催されますが、平日は勤務もあり人

出はあまり期待出来ませんが、日曜日は期待出来ると考え日曜日に開催される

朝市を朝市プラス(朝ぷら)と名付けて、色々な仕掛けを考えて集客に努めたと

ころ、客数は平日の約10倍の3,300人、出店は約3倍の70店舗になりました。

 今までは子供の姿は余り見かけなかったのですが、朝市プラスは子供で溢れ

ており、親も子供達を朝市に放牧している感じで、町民も情報交換する場として

活用していました。もちろん既存店の売上も上がっているので、顔もほころんで

おりました。

 新規出店者としてはキイチゴジャムの店、手作りのアクセサリー店、木工所や

鉄工所が薪ストーブを展示販売し、近隣の秋田市や三種町からもお菓子屋さん

が出店していましたが、売れ行きは良好と喜んでおりました。

 子供向けの工作を一回50円で作らせている店は、子供達に超人気で朝一番で

来るお子さんもおりました。ドチャベンで教育事業を手がけるGエクスペリエ

ンスが、キッズクリエイティブマーケットを開店するために、前日から子供達と

プログラムを考える等子供達が主体的に取組む店舗もあります。

 協力隊の柳澤が結婚パレードを行い、秋田大学医学部を卒業し東京で勤務し

ている若手医師が、調査を目的に健康相談の店舗を開設したところ、山菜を販売

しているおばちゃん達が血圧を測るためにやって来て、医師たちと楽しそうに

会話しておりました。

 このように朝市には多様な方々が出店しておりますので、出店を機会にビジ

ネスとして磨きをかけると共に、出店者同士の連携等新たなビジネスチャンス

に繋がっていくことを期待しております。

4.町の魅力を高めるために

 朝市プラスを計画する段階で、町にはどういうプレーヤーがいるかと考えた

時に、それまでの活動の中で繋がってきた皆様の顔が浮かびました。

 朝市プラスは仕事づくりとか、移住・定住の範疇には収まらないことかも知れ

ませんが、次世代に繫がるような皆で取り組めるイベントも必要です。

また、将来にわたってこの町に住みたいと思う人を増やしていくためには、

町そのものの価値を高めて行かなければならないと思います。

 この町の子供達が町外に出ていくことは止めませんが、この町での楽しい記

憶が残っていれば、いつかはこの町に帰って来てくれるのではないかと思い

ますので、そのためにも町の魅力を高めることは大切なことだと思います。

 楽しい記憶創りのために、先程話した畑澤さんの協力を得ながら、子供達が

地域資源と共に遊べるツアーを計画し、元気なママさん達の協力を得る等地域の方々を巻き込んで実施しました。

 若い人達に来て欲しいのですが、そのことで町内の人達が疎外感を持たない

ように、誰でも参加できるイベントも計画しました。ただの飲み会のように

なってしまいましたが200人も参加して頂いたので、私達の活動を理解して

もらったのではないかと思っております。

 このようなイベントを開催することで町にどんな人が住んで居るのかという

ことも見えてきました。朝市が好きな人とか、他のことが好きな人とか、協力隊

では知っているAさんとBさんが知り合いで無かったので紹介したところ、

仕事の提携にまで進みました。

 私達は「世界一こどもが育つ町」を目標に活動して来ましたが、子供のみなら

ず大人も自分の能力や個性を存分に発揮できる町にしたいのです。そういう人

が町に沢山いるならば、魅力的な町になっていると思います。

5.魅力的な教育環境にするために

 秋田県は小中学生の学力や体力は日本一なので、それをさらに伸ばしていく

ことは可能だと思いますし、五城目町ではそれに加えて地産地消の食育で文科

省から表彰されております。

 町には以前からワラシベ塾というのがあって、地域の方々が放課後や週末に

子供達に遊び方を教えていましたが、これに加えてハバタクの主催で「五城目町

で世界一周」という授業を小学校で行っています。

国際教養大学の留学生が毎週、先生になって自国のことをプレゼンしますが、

半年間で30ヵ国の学生がプレゼンすることで世界一周が完了します。

 その後受講した小学生が国際教養大学で「五城目ってどんな町」をテーマに

学生達にプレゼンしています。

 五城目高校では二つのことに取組みました。一つは東大大学院と取組んだ

五城目ソーシャルラボです。2年間地域のことを研究するプロジェクトで、お祭

や昔のエネルギーはどういう状況だったのかをリサーチして発表しました。

地域のことを学ぶことで、高校生たちが町の歴史や町民と関わりを持ちたい

との意識が芽生えたようでした。

 二つ目は私も関わったことですが、明治大学と一緒にキャリアの創り方や地

方創生について学びましたが、一方で地域の担い手になる若者が都会に流失し

ている状況があります。当然ながら世界の色んな所に行って刺激を受けたいと

いう気持ちは解りますが、もう一方で地域社会との接点をデザインするという

ことも大切なことです。

高校生にこれからの秋田はどうなると思うと聞くと、何の感情もなく「消滅し

てしまう」と答えます。この答はその子のせいではないのです。多分、様々な

メディアで消滅と言っているので、そう言っているのだと思います。

 そういう状況の中で働いている大人に、秋田の可能性を語ってもらうことで、

秋田での暮らしが出来るキャリアを創っていけるのではないかと考えて、そう

いう機会を提供できるプログラムをつくりました。

私達よりも若い明治大学の学生に関わってもらうことで、高校生達はすごく

ワクワクしていました。最初に演劇のワークショップをした時には、自己評価が

少し低い生徒も身体を使うのですごく積極的で、体育館中笑いが絶えませんで

した。

その後に本題である地域で多様な働き方をしている21人にインタビューしま

した。インタビューの相手については事前に教えており、質問も準備して記者に

なったつもりでインタビューしてもらい、それを記事に起こして「ネコバリライ

フ」という冊子にしました。

高校生には想像以上にインパクトを感じたみたいで「この町は寂しくて

つまらないと思っていたが、熱い想いのある大人たちと会ってそういう町で

なかった」とか、「就職で秋田を出ることになったが、秋田を出れば秋田の良さ

が分かると言われたので、一度秋田を出るのが楽しみになった」とか、「もう秋

田に帰ってこないと思っていたけれども、秋田で暮らすのも選択肢の一つに

なった」とか、ポジティブな感想が書かれていました。

 また「アグレッシブな人達にインタビューし紆余曲折のあった半生を教えて

頂いたことで、今はつまらないけれども自分次第でワクワクした人生を送る道

が開けると思ったので、諦めないでやってみよう」と、うれしい感想を頂いた

ので、私達のプログラムがこれから秋田県に広まらないかと勝手に思っており

ます。

 このプログラムを「ネコバリキャリア」と名付けたのは、五城目町の奥にネコ

バリ岩があって、その上に深く根を張った木があるのですが、その姿が深く根を

張りながら空に伸びてゆく、それを表現するものとして凄く良いと思ったので、

地域に根を張りながら自分のキャリアデザインを描いていく学生達になって

欲しいということで名付けました。

6.おわりに

最後に3年間の活動で思ったのは、人がチャレンジし易いネコバリキャリア

の人生を選択できる環境であって、ああ楽しいと感じる人が町に増えていく

ことが、地域創りではないかと思いました。

 地域創生ではよく「有るもの捜し」と言われますが、地域に有るものをどう磨

いていくかが大事ですし、光が当たっていないものをどう創造して楽しめるか

だと思います。

 例えば朝市にしても、このまま無くなってしまうと予想していましたが、やり

ようによっては人が集まり、チャレンジ出来る場所になりましたし、馬場目ベー

スは廃校になった小学校のシェアオフィスへの生まれ変わりです。

 全てを生まれ変わらせるということは無理だと思いますが、自分の中にある

ものを探してそれを開花させていくということが、凄く大事だということを知

りました。

 町内のお母さん達に協力隊が来たことで、話せる相手が出来たと言って頂き

ましたし、今までは町のことを考えていても、話せる場所がなかったと話して

いました。

話が始まるとそこから行動が生まれて来る。フラットと行って話せる場所が

あるとチャレンジし易くなり、朝市プラスみたいなものがあれば、もっとチャレ

ンジし易くなるとか、いろんなやり方があると思いました。

 今後も秋田でそういうお手伝い出来ればと良いなと思っています。仕事と

しては秋田の資源×女性視点を組み合わせることで、新しい場所とか、新しい

ビジネスの仕組みを創り出すようなことをやりたいと考えております。

 (文責:秋田人変身力会議事務局長 永井 健)